日別アーカイブ: 2019年9月17日

志村ふくみの藍

志村ふくみ作 藍熨斗目 袷 仕立て上がり

熨斗目とは本来、江戸時代の武家で、小袖の生地とされた練貫という絹織物のことです。
その中で、袖の下部や腰まわりの色をかえたり、縞を織り出したりしたものを腰替わりといい、やがてそのデザインを指すようになりました。
そして能や狂言衣裳としても用いられたので、格調のあるデザインとしてのイメージが定着してきました。
この藍熨斗目は1975年に作られていますので、志村さん50歳頃の藍建てへの道筋が、ついた時期の作品のようです。

白地に小格子の肩裾と、明るい藍の腰替わりとが激しく呼応し合って、藍の華がほとばしり、美しさの高みへと向かっています。
清楚で、しかも生命力に溢れる作品です。
色紙と多当紙がつきます。

志村ふくみ作 花絣 仮絵羽

1979年の作品です。
優しい色の替わり格子の中に花十字が浮かんでいて、その中に、井桁絣が子供のように守られるかのように入っています。
緑と藍と紫の微妙な色が重なり合って、芳しく透明感のあるハーモニーをかもし出しています。
そして、優しさと包容力が、精緻で静謐な表現となって織り込まれています。
志村さんの、懐の深い人間力が感じられる一枚です。

志村ふくみ作 笹竜胆(ささりんどう) 袷 お仕立て上がり

笹竜胆は源氏を代表する家紋なので、源氏物語、ひいてはひかるの君をイメージしての作品かと想像しています。
深い翠に囲まれた寝殿で待つ、ひかるの源氏を取り巻く姫君たちのつのる想いは、千々に乱れ、交錯して、それでも瑞々しく浄化されていきます。
その深淵な情緒の世界を、志村さんは、ご自分の色で、心ゆくまで表現されています。
さぞかし楽しい心踊るお仕事でありましたことでしょう。
みなさまには、どうぞ、ゆっくりとご覧あれ、と申し上げます。。

志村ふくみ-天空のひかり

志村ふくみ作  紅芙蓉  仮絵羽

芙蓉の花は、この季節、初秋になると、少し庭のあるお家ではわが世の春を謳歌しています。
特に紅芙蓉はその花の色を誇りに、まさに女王さまの様な存在です。
あの色を、志村さんは思い切りの良い紅花の真紅に、紫根を入れて巧みに表現しています。
なるほど、あの夏の日差しにも負けない艶やかさが浮かんできます。
しかし実は、少しの風のそよぎにもはらりと落ちる花びらの本性も、風情として、美しい暈しで表現しています。
薄紫や亜麻色の濃淡のヨコ糸を巧みに織り込んで、ここに紅芙蓉は完成しています。
志村さんの観察眼に、改めて敬服です。

志村ふくみ作   律   お仕立て上がり

「律」とは? 全ての物事の基本となるおきてという意味のようです。
自然界を律する約束事。それを極めようとして臨んだ作品の様に理解しました。
それはまず、この作品から、染織という手仕事の持つ根幹的な質実な性格が見てとれます。
豊かで落ち着きのある絶妙な色彩感覚、基本である格子柄を中心として、しかも個性あふれる絵羽に仕上げている現代感覚。
ヨコ糸を節紬にしている所からくる、民芸調の温かみある、みずみずしい活力。
なんだか、志村さんがここに居るというオーラを放ったお召しもののようで、持ち主になられた方の着姿に思いを馳せます。

志村ふくみ作   冬青(そよご)  仮絵羽

風に戦(そよ)いで葉が特徴的な音を立てる様がそよごの由来とされています。
又、常緑樹で冬も青々としている所から冬青と書かれています。初夏に白くかわいい花が咲き、赤い実を付けます。
その可憐な姿が庭師に選ばれて、かつて代々木の店先に植えられていたことを思い出しました。
今、この作品を見て、あの葉っぱは十字絣に、赤い実はピンクのドットに昇華されたことに納得しました。
しかしこの愛らしいピンクに、心奪われない人はいません。
そして志村さんの十字には、いつも天空の光を見たり、音を聞いたりしてしまうのです。
小さな格子柄でありながら、タテ糸がわずかに控えているのにも、精緻でみずみずしい感性が感じられます。