灯屋2旅行記」カテゴリーアーカイブ

「インド布の旅レポート」 その1

インド デリー、コルカタ、ベナレスへのインド布仕入の旅。
渋谷、白井の現地レポートご覧ください。

インド各地のフェスティバルにて、最初に出会った美しい翠のベナレスサリー

フェスティバルにて美しい翠のベナレスサリー

フェスティバルの入口は、人でいっぱい!
リヤカー、トラック、たくさんの荷物を持ったサリーの女性

フェスティバルの入口サリーの女性

雪晒し

雪晒し「古い上布を雪晒しに出してみたら、真っ白になって帰ってきたの!」と、驚き喜ぶ店主の話を聞いたのは、2年か3年ほど前でした。
「雪に布を晒して自然の力で漂白する」
言葉ではわかっていましたが、実際に反物を出して、仕上がり具合の実感を得た話を直に聞くと、普段都会で生活していると忘れがちな自然の力の底知れなさに、不思議な感動を覚えたのを思い出します。

この3月、そんな神秘の雪晒しの現場を皆で見に行こうと、灯屋2の越後上布を三反抱え、新潟へ行かせて頂くことが叶いました。
ほぼ一日かけて、中田屋織物の社長で伝統工芸士の中島清志氏とそのご家族に案内していただいた今回は、雪晒しの他に、一番重要とされる苧績み(おうみ)と呼ばれる手績みの糸づくり、そしてそれをいざり機で織る姿を拝見させていただき、最後は時間の許す限り店主から中島さんへの質問攻め…という行程で締めくくりました。

暖冬は新潟も例外ではなく、いつもはまだ白いという山も、低い部分は茶色い肌を見せていました。
持ちこんだ反物をお湯でもんで、水に色がつかなくなるまで汚れを落とした後、車で向かった雪山。
山の平らに、雪晒しのための真っ白い世界がありました。

雪晒し

雪晒しは2月から3月の雪解けの頃の作業で、化学的に説明すると、雪から蒸発した水分に強い紫外線が当ることでオゾンが発生し、このオゾンの酸化作用で生地が漂白されるそうです。
そしてこの作業は布の汚れが落ちるまで、何日かかけて行うとのことでした。
この作用は、植物繊維だけに効果を発し、絹などの動物繊維には適用できないそうです。

白の眩しさに目を細めながら、スタッフも皆でお手伝いさせてもらって、布の両端を持ち、雪の上に置いていきました。
置かれた布は、日をうけて発光するようにきらめく雪の上で、みるみる力を取り戻していくように、雪とともに輝きはじめていました。
その美しさを見ているだけで、私自身も、背中の重さがすっと抜けて、身体が軽くなるような気持ちの良さに満たされていきます。

雪晒しのために越後に戻ってきた布たちは、「里帰り」というそうです。
生まれた場所に戻って英気を養い、また、きものとしてお勤めするため奉公に送り出す。

そんな呼び方で布の世話をしている、と、最初に湯で上布を足踏みでもみながら、中島さんが話して下さいました。
実際に、雪に晒した布がぐんぐんエネルギーを吸収して糸に生気をみなぎらせていく様子を見た後は、まさにその通りの言葉だと思いました。

家計の貴重な現金収入であり、地元の人々はほぼ着ることはなかったという越後上布。

長い長い手間をかけて作りあげた布が里帰りをして、充分に休息させてまた送りだす雪晒しという作業は、職人さん達にとっても、尊く嬉しいことなのではないでしょうか。
丁寧に、時間をかけて案内して下さった、雪山の清い雰囲気を纏った中島さんご一家に、心から感謝を申し上げます。

松田

京都徒然 その6

京友禅見学京都着物研修旅行のしめくくりは、染匠市川株式会社さんです。
工房におじゃまして、伝統的手描き京友禅についてお聞きしてきました。

白生地から出来あがりまで、約15~20の工程を必要とする京友禅です。
そのひとつひとつに高度な技術を必要とします。
なかでも、着物の出来を左右する糊置作業では、伝統的な糊糸目にこだわっているそうです。
廉価で出回っているインクジェット加工の商品とは、まさに一線を画する仕上がりでした。
 
下絵描きの作業場で、私達が見つめるなか、職人さんが絹生地に青花で細かく花弁を描きはじめると、みるみるるうちに美しい菊の花が咲きました。
達者な筆さばきは見事です。
その構図は不等辺三角形である事が多く、華道にも通じている、などなど…お話は尽きることなく。
いっぽうでは、長く反物をめぐらし、丁寧に色挿しをする職人さんの仕事ぶりも拝見させていただきました。

社長さんからは、日本画集など、膨大な資料も見せて貰いました。
細かく描き込まれた下絵図案の束に、創意工夫の熱意とご苦労が伝わってきました。

灯やスタッフからは、付下げと訪問着の見分けやその違いの質問が出ました。
一般的には、反物の状態で柄を付けるのが付下、仮絵羽仕立てにしてから柄を付けるのが訪問着となっています。
なので付下は柄が縫い目ではつながっていません。
しかし今では、華やかな付下として作られた着物は、脇の柄がつながっているものも多いそうです。
付下と訪問着の境目は、なくなってきているようです。

日頃着物に携わっていますが、京都の職人さんにお話を聞くことができるのは貴重な体験でした。
皆さんの布を見つめる真摯なまなざしを心に刻みました。
私達は明日からの仕事への意欲を胸に、京都駅で美味しそうなお弁当を選んで新幹線に乗り、京都を後にしました。

海老沢

京都徒然 その5

460年の歴史を持つ京友禅の老舗、「千總」のギャラリーに立ち寄りました。
千總資料館に保管されている、江戸時代~昭和にかけての美術品、染織品、古文書などの膨大なコレクション、資料は約2万点にも上り、450年以上の歴史を物語るその所蔵品を、随時入れ替えて一般に公開しているそうです。

入口は併設されているカフェ「伊右衛門サロン京都」から入り、2階に上がります。
こじんまりとしたギャラリーの入口には、千總の技術を駆使して修復された、江戸時代の小袖が1点展示されていました。
背面の向かって右肩から甕が返され、そこから一筋の滝のように、左下に向かって水が流れている意匠は大胆で、近くで見るとその一筋の流れがいくつかに分けられ、細かな染めがそれぞれに細かく施されていました。
実物の傍らには、千總の技術を集結して修復された部分が写真付で記され、貴重な江戸小袖を心をこめて補修した様子を感じることができました。

3月初旬の展示は、雛祭りにちなんだもので、骨董品のような雛人形、三人官女から従者まで一式が並べられ、数々の小さなお道具のひとつひとつにまで蒔絵が。
着物の展示は、三歳の祝着から、七歳、十三参り、そして振袖…と、女の子の節目を祝う現代京友禅の華やかな衣装が飾られていて、年代の古いきものと対峙してあると、もっと面白そう…などと思いながら、京友禅とはどういうものかを、ゆっくりと見る事ができました。

京都研修を通して、必死に昔ながらの技術を守っていることと、その難しさ伝えてくださる方々の熱い熱い想いを感じました。
技術革新により時の流れは速さを増し、一度進んでしまえば、元に戻すことは困難です。

より早く、と、スピードが求められる時代の中で、手間も時間もかかる技術を守るには、それぞれの伝統工芸に充てられる国からの助成金に頼る現状も垣間見えました。
為す術も見つかりませんが、それを知ることでひとつ持つ事ができた「意識」を、いつも頭の片隅においておきたいと思います。

松田

京都徒然 その4

昨年の冬から輪奈ビロードのコートを愛用しています。
程よく厚みがあって、本当にあたたかくて寒い日に出掛ける時にはかかせません。
輪奈ビロードは、織る際に針金を一緒に織り込み、織り上がった後その針金を抜いてループを作った生地です。
パイル状にする為の極細の針金の製作が難しいことと、工程が複雑な為、現在では長浜でごく僅かしか生産されてないそうです。

今回研修で伺った紫織庵さんでは、切りビロードの技術を復活させて製作していらっしゃるというお話でした。
切りビロードは針金を引き抜く前にパイルを切る優先ビロードと、三層に織った織物の経糸をナイフで切断して毛羽立たせる無線ビロードがあるそうです。
戦後、無線ビロードの技術は一旦消滅してしまったそうですが、復元に成功して製作されているとのことでした。
細かな工程を経て、丹精に作られた作品は、眺めているだけでも優美で豊かな気持ちにさせてくれます。

復活させた切りビロードも、紫織庵さんがやめてしまったらまた途絶えてしまうかもしれないと話されました。
素晴らしい技術が途絶えずに、どうにか続いていってほしいと切に思いました。

徳永

京都徒然 その3

西陣地区にある「渡文」初代渡邉文七氏の店舗兼居宅を改築し、全国の手織物や能装束、西陣織を展示している「織成館」を見学しました。

展示の中でとても印象に残ったのが、植物の櫨(ハゼ)を使った独特の染色方法で染められた糸。
太陽の光があたると色が鮮やかに変化します。中でも【黄櫨染】(こうろぜん・一番下の糸)は太陽光により金茶から赤茶へ変化するため太陽の色を象徴したものとして、平安時代初期より天皇が儀式で着用する袍(ほう)の色として定められていました。
もっとも厳格な禁色だったそうです。
昭和3年、昭和天皇の即位の礼でもこの【黄櫨染】の御袍を着用されています。

天皇側近の少数の人々以外の目に触れる機会がなく、正確な染色方法も一般には知られていないことから、約1200年にわたり幻の染と呼ばれていました。また、難易度の高い染色で、安定して色をだすことは不可能とも言われています。
現在では日本の美意識の集大成ともいえるこの【黄櫨染】を染色作家たちが研究し再現をしています。

写真糸は【黄櫨染】と同じ技法を使いいくつかの色を再現したものです。
現代の私達が見てもその色の変化に「おーっ!」と声をあげずにはいられません。
太陽の光で色が変わる魔法のような布を見て、古代の人々は唯一無二の象徴として尊んだのでしょうか。

【黄櫨染】矢印【黄櫨染】

田中

京都徒然 その2

「織成館」普段、帯の仕事に携わっている私にとって、今回の社員研修旅行は大変勉強になりました。
研修の目的で訪問した中で、特に印象的だったのは「織成館」です。
西陣織を見学し、唐織の手織り技法、というものを知りました。刺繍のように浮織した文様で、豪華な能装束や帯に使われていると聞きました。
かつて、180人ほどの職人がいたとされましたが、現在は10人くらいまで減って、大変貴重な織手となっています。

19世紀頃、フランスのリオンでジャカード式が誕生し、西陣織りの織手の3人が現地に行ってその技術を学び、日本へ持ち帰って、日本独特の繊細な技術を加えました。
それまで3~4人がかりで織られた高機などが、ジャカード式によって1人で織れるようになりました。とは言え、1cmに横糸30本もを使い、その1本1本に色糸を手でからげていく作業には感嘆と敬服を覚えます。
ジャガード式とは、あらかじめ決めたデザインに添って色糸をからげるための横糸を揃えて教えてくれる操作をする、カード式の高機の補助具と理解しましたがいかがでしょうか。

研究を重ねて、現在では世界の業界を魅了する日本の代表的な織物となりましたが、原材料となる絹糸の生産が、日本ではほぼ生産できなくなっている現状や、織り手不足によって、本西陣織の未来は色々な問題をかかえています。
しかし、今回出会った織り手達の姿勢と情熱を、西陣織を愛する私たちが後押しして、この織物が末長く続いていく事を願って止みません。

京都徒然 その1

京都徒然3月4・5日 京都へ、銀座店・アトリエのスタッフで、お世話になっている悉皆屋さん、渡文の製織り工場、京友禅の工房、紫織庵を訪ねる旅をしてきました。
京の美味しいものもたくさんいただき、胸いっぱい 頭いっぱい お腹いっぱい大満足の2日間でした。

京都徒然第一弾は日頃よりお世話になっている悉皆屋さんのレポートです
ここではシミ抜きの工程を見学させていただきました。
京都徒然手際良く作業をすすめ、きれいに補正する技術は流石で、灯屋2の繊細な補正も安心してお任せできます。
こちらの悉皆屋さんのスタッフには、日本でただ一人の女性の伝統工芸士も居て、頼もしいかぎり…
社長自らも、今年の技能グランプリで最優秀賞 厚生労働大臣賞を受賞されているという優秀な職人さんで、若いスタッフの多い元気な会社でした。

アトリエ薩摩

アフリカからの風

アフリカからの風8月後半から西アフリカ4か国へ布さがしへ行ってきました。
東京の暑い夏から、避暑に出かけたかのようにアフリカの大地は20度台の気温で我々を迎えてくれました。

2、3日を経て見慣れてくると、現地の誰もがスタイル良く陽気で、特にファッションやヘアスタイルのお洒落なことに目を奪われ、正直アジア人は負けではないかと思うくらいでした。
特にナイジェリア人とは(ヨルバ人とは)、言葉は通じないものの踊りで挨拶を交わしても踊りで返事が返ってきます。

アフリカからの風私の探し物のトライバルアート(先住民族美術)の布は果てしなく少なく、現代人の身を包む原色のポップなプリント地は市場に溢れてかえっています。
幸いにもこちらも面白いものになりそうで、買い物の荷物はたちまち膨らんでいきました。

この旅で、どの布がどこでどの民族がどのように使っていたのかを少しは感じ取ることができるようになりました。

アフリカからの風さて、これからはこの布たちのどんな旅が始まるのでしょうか、ワクワクしてきます。

10月31日(木)から11月4日(月・祝)まで、銀座店にアフリカの風がふきます。
「アフリカ」展、どうぞお楽しみに。

渋谷

6月のバスハイク

梅雨とは思えない暑い日が続いている地域もあるようですが、雨の季節、降らないとそれも心配です。
雪の降る地域は梅雨がなく、すでに30℃近いとお聞きします。
今年も暑い季節がはじまっているのですね。

先日、町会のバスハイクに参加しました。
朝、9時に銀座1丁目交番前をスタートして茨城の笠間稲荷神社、日動美術館、春風萬里荘をまわり夕方には銀座に戻るコース。
どこの町にも町内会って存在するし、よく何々銀座って名前もあるけど、灯屋2の町内は本物の銀座2丁目町会です。(笑)

最初の友部パーキングエリアではたくさんの燕が出迎えてくれ、今、灯屋2の入口にも燕の付下が飾ってありますが、本当に燕尾服を着ているようにまっすぐに飛ぶ姿にしばし見とれます。
写真が、上手く撮れなかったのでお見せ出来ないのが残念ですが、お母さんを待つ巣から覗く丸い顔が可愛かった~(あのおチビさんが、渡りの時期までに立派に育っているのだろうか・・と生命の神秘。)

笠間稲荷神社2時間ほどで笠間稲荷神社に到着。大鳥居をくぐり、たくさんのお狐さんが迎え並ぶ参道を歩きます。
東日本大震災で被災した場所は、だいぶ修復されていて、少しほっとしましたが、まだまだ大変な地域もあるとお聞きしします。
少しでも早く、復興する事を祈ります。
境内には、樹齢400年という、天然記念物に指定された藤樹、花の盛りは、想像を超える華やかさでしょう。
緑だけのこの時期もとても立派でした。
ご祭神は、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、正一位という最高の位を持つ神様とお聞きしました。
お狐さんは、狐の姿をした神様のお使いだそうです。

丘陵地に位置する日動美術館には、企画展示館(シンガーソングライター長淵剛展8月18日まで)フランス館、日本館と3つの展示館があります。
竹林を抜けた中心部には緑豊かな彫刻庭園があり、自然に包まれた、空を近くに感じられる美術館。
少し時間が足りず全部をゆっくりまわれなかったのですが、最後に見たパレット館は、世界中、たくさんの画家達の使ったパレットが展示されていて、重ねられた色の中にそれぞれの大切にしている色の世界がみられる珍しい展示で、夢の気分に浸ります。

春風萬里荘3つ目に行く所は、春風萬里荘。
古くから稲荷と焼き物の町として広く知られてきた笠間に昭和40年、北大路魯山人が住居としていた約300平方メートルの茅葺き民家を北鎌倉より移築し、「春風萬里荘」と名付け「芸術の村」が開設されたそうです。
江戸時代の豪農屋敷の長屋門、魯山人自らが、設計した茶室「無境庵」、京都・龍安寺を模してつくられた枯山水による石庭、水連の池にかかる太鼓橋、どれも感嘆するばかりでした。お風呂場の腰壁、竹の形をした織部の陶板、特に目地の色に大よろこびしてしまいました!
「ここまで凝る・目地は大事です!」そして、お風呂場の窓から見える静かな景色。
なにもかもさらけ出す、お風呂はとっても大事です(笑)

お家番の方に「あの陶板は、ご自身の作ですよ」とおしえてもらったので、「目地の色は、何を混ぜているのですか?」とたずねたら、「何かはわからないけど、お湯をかけるともっと色があざやかになって、きれいになるそうですよ」と。
お湯をかけた所、拝見したいですね~。庭にある、動物の形をした石、異空間に続いているような細い道、蓮池、竹林、どれもが、心をのびのびと癒し楽しませてくれました。

ご一緒したご町内の方と「もう少し時間がほしいわね・・」顔を見合わせ、春風萬里荘を後にのどかな小道を歩きながら魯山人の美意識にふれ、なんだか元気になっちゃった!と感じる。

灯屋2にご来店いただいて、「楽しかった~、元気になった!」といってくださるお客様の声をききます。
もしかしたら、こんな気持ちなのかもしれません。
だったら、うれしいな。

バスに揺られ、無事銀座に到着。
みなさん笑顔でお別れ、大人達の遠足は終了しました。
たまには、こんな日があるのもいいものですね。
今度は、皆様でご一緒いたしませんか~

白井